クーポンは誰に配ると効くのか——アップリフトモデリングで「説得できる客」を狙う

セールのたびに会員全員へクーポンを配る——その定番施策が、実は利益を削っているかもしれない。顧客は説得可能層・確実購入層・無関心層・天邪鬼層の4つに分かれ、本当に効くのは5人に1人だけ。ECのダミーデータで、全員配布の赤字と「効く層だけを狙う」アップリフトモデリングの威力を検証する。

セールのたびに、会員全員にクーポンを配る。カゴ落ちした人には、もれなく割引メールを送る。売上を伸ばすための定番施策です。けれど、その配り方は本当に得をしているでしょうか。実は、クーポンには「配ると買ってくれる人」だけでなく、「配らなくても買う人」「何をしても買わない人」、さらには「配ると逆に離れていく人」までいます。全員に配ると、効く人の増分を、それ以外への無駄打ちや逆効果が食いつぶしてしまう。クーポンは原資(値引き)がかかる施策なので、配る相手を間違えると、売上を伸ばすつもりが利益を削る結果になりかねません。この記事では、顧客を4つのタイプに分けて本当に効く層だけを狙う「アップリフトモデリング」を、ECのダミーデータで具体的に見ていきます。前回までの広告効果検証シリーズと同じく、数式やコードは使いません。

この記事の数値は、解説のために架空の設定で作ったダミーデータを分析した結果です。実在するサイトのものではありません。4タイプの顧客の反応を、わかりやすい数字で設定しています。

クーポンへの反応は、4タイプに分かれる

アップリフトモデリングの出発点は、顧客を「クーポンを配ったら買うか」と「配らなくても買うか」の組み合わせで、4つのタイプに分けることです。この2軸で切ると、次の図のように4象限になります。クーポン施策で本当に狙うべきなのは、このうちのたった1つだけです。

クーポンへの反応を配らなくても買うか×配ると買うかで4象限に分けた図。天邪鬼層・確実購入層・無関心層・説得可能層
「配らなくても買うか」×「配ると買うか」で4タイプに分かれる。本当に効くのは右下の説得可能層だけ

それぞれのタイプを見ていきましょう。説得可能層は、クーポンがあれば買い、なければ買わない人。クーポンが本当に効く、唯一のタイプです。確実購入層は、配っても配らなくても買う人。クーポンを配れば買ってはくれますが、それは元から買う売上をわざわざ値引きしているだけ、つまり値引き損です。無関心層は、何をしても買わない人。価格に関係なく今は購入意欲がないので、配るだけ配信コストの無駄になります。とくに会員数の多いECでは、この無関心層が最大ボリュームになりがちで、全員配布のコストを押し上げる主因になります。

そして直感に反するのが天邪鬼層です。放っておけば買うのに、クーポンを送られると「安売りする商品なのか」と興ざめしたり、しつこい通知を嫌って離れてしまう人。送ることがマイナスに働く、いちばん触れてはいけない層です。この層の存在は見落とされがちですが、ロイヤルティの高い優良顧客ほど、過剰な販促を「自分は安売り対象なのか」と感じやすく、天邪鬼層に回りやすい傾向があります。つまり、いちばん大切にすべき常連を、よかれと思った施策で遠ざけてしまう危険があるのです。全員配布は、この天邪鬼層にも、確実購入層にも、無関心層にも、無差別にクーポンを送りつけている状態だということになります。

用語メモ|アップリフトモデリング — 「施策をしたら買う確率」と「施策をしなくても買う確率」の差(アップリフト=上乗せ分)を、顧客一人ひとりについて見積もり、上乗せが大きい人だけを狙う考え方のこと。誰が買うかではなく、「誰に施策が効くか」を予測するのがポイントです。

用語メモ|増分利益 — その施策があったからこそ“上乗せ”された利益のこと。クーポンなら「クーポンで新たに生まれた売上の粗利」から、「配信コスト」と「元から買う人への値引き損」を差し引いた、正味の儲けを指します。クーポン経由の売上総額ではなく、この増分利益で見ると、施策が本当に得かどうかがわかります。

各タイプで、クーポンの効き目はこれだけ違う

ダミーデータで、各タイプのアップリフト(クーポンによる購入率の変化)を測ってみます。説得可能層は購入率が+30ポイントも跳ね上がりました。一方、確実購入層は+2ポイントとほぼ横ばい、無関心層に至ってはほぼゼロ。そして天邪鬼層は、なんと−18ポイント。クーポンを送ったことで、購入率が下がってしまったのです。同じクーポンでも、誰に配るかで効果はプラスにもマイナスにもなる。だから「平均すると少し効いている」という全体の数字だけを見ても、判断を誤ります。プラスの説得可能層とマイナスの天邪鬼層が混ざって相殺され、薄い効果に見えてしまうからです。タイプごとに分けて初めて、本当の打ち手が見えてきます。

各顧客タイプのアップリフト。説得可能層+30pt、確実購入層+2pt、無関心層ほぼ0、天邪鬼層−18pt
説得可能層は+30ポイント。一方、天邪鬼層は−18ポイントと、送るほど離れていく

ここで大事なのは、管理画面に表示される「クーポン経由の購入数」では、この違いが見えないことです。確実購入層がクーポンを使って買えば、それは立派な成果として計上されます。けれど、その人は元から買う人。クーポン経由の購入数を追いかけている限り、値引き損も逆効果も、すべて成果の山に埋もれてしまいます。これは前回のリターゲティング広告の記事で見た「見かけの効果」の罠と、まったく同じ構図です。

全員に配ると赤字、狙って配ると黒字

では、配り方で利益はどう変わるのか。ダミーデータで、クーポンを配らなかった場合を基準に、増えた利益(増分利益)を計算しました。結果は衝撃的です。全員に配ると、増分利益はマイナス170万円。つまり、配れば配るほど損をしていました。説得可能層が生んだプラスを、確実購入層への値引き損、無関心層への配信コスト、そして天邪鬼層の離反が、まるごと打ち消してしまったのです。

損益の中身を分解すると、こうです。クーポンには配信コストがかかり、使われれば値引き額のぶん粗利が減ります。説得可能層では、この値引きを上回る新規の売上が立つのでプラス。ところが確実購入層では、もともと入るはずだった売上から値引き額をただ削るだけ。無関心層では、買われないまま配信コストだけが出ていきます。さらに天邪鬼層では、本来買うはずだった人を逃すので、売上そのものが目減りする。説得可能層の稼ぎを、残り3タイプのコストと損失が上回った結果が、マイナス170万円なのです。

全員配布の増分利益は−170万円、説得可能層だけに配ると+583万円という棒グラフ
全員に配ると増分利益はマイナス170万円。説得可能層だけに狙って配ると、プラス583万円

ところが、アップリフトの高い説得可能層だけに絞って配ると、増分利益はプラス583万円に転じました。配った相手の数はぐっと減ったのに、利益は大きく増えたのです。これがアップリフトモデリングの核心です。「誰が買うか」を当てるのではなく、「誰に配ると上乗せが生まれるか」を見極めて、そこだけに資源を集中する。配布数を増やすことではなく、配布先を選ぶことが、利益を生みます。

全員配布の中身——本当に効くのは5人に1人

なぜ全員配布が損になるのか。配った先の内訳を見ると一目瞭然です。全員に配ったクーポンのうち、本当に効く説得可能層は、わずか5人に1人。残りの大半は、値引き損になる確実購入層、無駄になる無関心層、そして逆効果の天邪鬼層に流れていました。コストは全員ぶんかかるのに、リターンを生むのは2割だけ。これでは採算が合わないのも当然です。費用は配った人数に比例して増えるのに、利益を生むのは一部だけ。配布数を追う発想のままでは、規模を広げるほど赤字が膨らむ構造になっています。

全員配布の配布先内訳。説得可能層20%、確実購入層30%、無関心層40%、天邪鬼層10%
全員配布では、本当に効く説得可能層は2割だけ。残り8割は値引き損・無駄・逆効果に流れる

用語メモ|天邪鬼層(スリーピングドッグ) — 放っておけば買うのに、施策をすると逆に離れてしまう層のこと。英語では「眠れる犬を起こすな」になぞらえてsleeping dogsと呼ばれます。クーポンやプッシュ通知を“しつこい”と感じて離脱するなど、よかれと思った施策が裏目に出る、もっとも触れてはいけない層です。

この考え方は、クーポンに限りません。カゴ落ちメール、アプリのプッシュ通知、リマインドのSMSなど、「全員に送れる施策」すべてに当てはまります。とくにプッシュ通知は、頻度が高いと天邪鬼層を生みやすい施策の代表格です。通知のたびに一定数がアプリをアンインストールする、というのはよくある話で、これはまさに送ることが逆効果になっている状態。送信数や開封率だけを追っていると、この“静かな離反”には気づけません。

どうやって説得可能層を見つけるか

理屈はわかった、でも誰が説得可能層かは、配る前にはわからない——そう思うかもしれません。ここで効くのが、一部にあえて配らない対照群を作る実験です。過去に「ランダムに配った人」と「ランダムに配らなかった人」のデータがあれば、どんな属性の人で購入率の差(アップリフト)が大きかったかを分析できます。

  1. 配布をランダムに分けて実験する — 一部をあえて「配らない」対照群にし、配った群との差を属性ごとに見る。
  2. アップリフトが大きい層を特定する — 「配った人と配らない人の購入率の差」が大きい属性(直近の閲覧、カート状況、購入頻度など)を見つける。
  3. その層にだけ次回から配る — 確実購入層・無関心層・天邪鬼層を外し、説得可能層に資源を集中する。

高度な機械学習を使えば一人ひとりのアップリフトを予測することもできますが、まずは「全員配布をやめ、対照群を作って効く層を探す」だけでも、効果は大きく変わります。大切なのは、配布数や反応率ではなく、増分で配布先を決める発想へ切り替えること。「配ったら反応した人」をそのまま狙うと、放っておいても買う確実購入層を厚く狙ってしまい、値引き損が膨らみます。狙うべきは反応した人ではなく、配ったときと配らないときで差が出る人です。

それでも、誰を狙うかは人間の仮説から始まる

アップリフトの計算や予測は、ツールやAIが担えます。けれど、どんな属性で顧客を切り分けるか、天邪鬼層がいそうな商材かどうか、配信頻度をどこまで許容するか——こうした見立ては、その商品と顧客を知る人の仮説から始まります。「常連にクーポンを連発したら、かえって安っぽく見られるのでは」「定価でも買うファンに、わざわざ割引券を送る必要はないのでは」と気づけるのは、商品への思い入れと現場の感覚があるからです。AIは効く層を絞り込む計算を加速してくれますが、何を疑い、どこまで配るかの判断は、人の仕事として残ります。AIをどう業務に組み込むかは「AIを入れる」から「安全に回す」へでも整理しています。

まとめ

クーポンは、全員に配れば配るほど得をするとは限りません。顧客は「説得可能層・確実購入層・無関心層・天邪鬼層」の4タイプに分かれ、本当に効くのは説得可能層だけ。ダミーデータでは、全員配布が増分利益マイナス170万円だったのに対し、説得可能層だけに狙って配ると、プラス583万円に転じました。確実購入層への値引き損、無関心層への無駄打ち、そして天邪鬼層の離反を避け、効く層に集中する。これがアップリフトモデリングの考え方です。「誰が買うか」ではなく「誰に効くか」で配布先を選ぶ。その物差しの切り替えが、同じ予算でも結果を大きく変えます。まずは次のクーポン施策で、配布先の一部をあえて「配らない」対照群として残してみてください。それだけで、効く層と触れてはいけない層の輪郭が見え始めるはずです。効果検証の考え方を一通り押さえたい方は、基礎編からの通読もおすすめです。

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そのクーポン、効く人に届いていますか

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