「AIが賢くなるほど、人間に残るのは気持ちの仕事だ」。最近よく聞く言葉です。聞こえはいいのですが、根拠のない精神論にも思えます。本当にそうなのでしょうか。
この記事では、労働経済学・心理学・AI研究の論文と国際機関の報告書を7本読み、「AI時代はIQよりEQが大事」という説がどこまで数字で裏付けられるかを確かめました。IQは知能指数、EQは「自分と相手の気持ちを読み取り、うまく扱う力」のことです。
先に結論を書きます。IQがいらなくなる、という話ではありません。「数字に強い」と「人とうまく組める」の両方を持つ人の価値が上がり続けていて、そのうちAIが代わりにやりやすいのは前者だ、というのが研究の示す姿です。読み終えたとき、自社の採用・育成・評価のどこを見直せばよいかが見えるように書きました。
人とうまく組める力への対価は、AIが登場するずっと前の1980年代から上がり続けていた。AIはその流れを止めるのではなく、速めている。
この記事の要約
AIが先に引き受けているのは「頭で処理する作業」
この章の要点は一つです。生成AIがいま代わりにやっているのは、情報を集めて、整理して、文章にする作業だということです。
これは推測ではなく、実際の利用記録から分かっています。Microsoft の研究チームは2025年、AI アシスタント(Bing Copilot)との会話20万件を匿名化して分析しました。利用者がAIに頼んでいた作業で一番多かったのは「情報集め」と「文章を書くこと」でした。AI側がこなしていた役割は「情報を教える」「書く」「教える」「助言する」でした。
職業別に見ると、AIが役立ちやすいのは知識労働、事務サポート、営業といった「机の上で情報を扱う仕事」に集中しています。逆に、体を使う仕事や、相手と直接向き合うこと自体が価値になる仕事では、AIの出番が少ないという結果でした。
実は、この結論は12年前から予想されていました。2013年にオックスフォード大学の研究者2人が「米国の仕事の47%は自動化のリスクが高い」と発表して話題になったのですが、この研究の本当の要点は「何が自動化の壁になるか」の整理にあります。挙げられた壁は3つ。細かい手作業、創造性、そして「社会的知性」でした。社会的知性とは、相手の気持ちや意図を読み、交渉し、世話をする力のことです。
12年たって、創造性の壁は生成AIでかなり低くなりました。残っているのは「体」と「相手の気持ちを読む力」です。経理や総務、営業事務の現場でも、AIで経理の仕事はなくなるのかで書いたとおり、定型処理からAIが順に引き受けていっています。

「人と組む力」の値段は、AIの前から上がっていた
この章の要点です。人とうまく組める人の価値は、1980年代から30年以上、ずっと上がり続けていました。
ハーバード大学の経済学者 David Deming は、1980年から2012年までの米国の雇用データを、それぞれの職業に求められる「数学の力」と「人と組む力」の強さで分類しました。すると、人と組む力を強く求める職業は、32年間で働く人全体に占める割合が約12ポイント増えていました。逆に、数学の力は要るが人との関わりは少ない職業(理系職の一部を含む)は、3.3ポイント減っていました。
給料が一番伸びていたのは、数学と人と組む力の「両方」を高く求められる職業です。どちらか一方ではなく、両方です。
| 職業のタイプ | 1980〜2012年の変化(米国) |
|---|---|
| 人と組む力を強く求める職業 | 働く人に占める割合が約12ポイント増加 |
| 数学は要るが人との関わりが少ない職業 | 割合が3.3ポイント減少 |
| 数学と人と組む力の両方を求める職業 | 人数・給料ともに最も伸びた |
| 人と関わるスキルへの需要(2016→2030年予測) | 24%増加、労働時間全体の22%へ |
なぜそうなるのでしょうか。Deming の説明はこうです。チームで仕事をするとき、人は得意な作業を互いに交換します。コンピュータはルール化できる作業を安く引き受けるようになりました。しかし「誰が何を得意で、いま余裕があるか」を読んで作業を融通し合う調整は、ルールにしにくい。だから、この調整ができる人の値段が上がるのです。生成AIを「とても安い同僚」と置き換えても、この説明はそのまま成り立ちます。
経営コンサルティング会社 McKinsey の研究所も2018年に、米国と欧州の25のスキルについて2030年までの需要を予測しています。人と関わるスキル(人をまとめる、共感する、など)への需要は24%増え、労働時間全体の22%を占めるようになる、という予測です。この報告が出たのは ChatGPT 登場の4年前。生成AIの普及で、この予測の前提はむしろ強まっています。
EQは、本当に仕事の成果に効くのか
「大事になる」と「成果に効く」は別の話です。EQという言葉は1990年代に学術的に定義され、その後ビジネス書で広まりましたが、正直、持ち上げられすぎた面もあります。ここは厳密な研究に当たる必要があります。
EQは、性格や頭の良さとは別に成果を予測する
この分野で「決定版」とされるのが、2010年に発表された研究のまとめ(多数の先行研究を統合して結論を出す手法)です。結論は2段構えでした。
1つ目。EQは、性格の傾向や一般的な頭の良さを差し引いても、仕事の成果を追加で予測できる。つまり「性格がいいだけ」「頭がいいだけ」では説明できない独自の力がある、ということです。
2つ目。ただし効くのは職種によります。相手の気持ちに働きかけることが仕事の中心にある職務(接客、看護、営業、管理職など。専門用語で「感情労働」と呼びます)では、EQが高いほど成果が上がる。一方、そうでない仕事ではEQは効かない、場合によっては逆に効く、という結果でした。
この「職種による差」がAI時代を考えるカギです。AIが引き受けやすい仕事は、相手の気持ちに働きかける比重が低い仕事、つまりEQが効かなかった仕事です。人間に残る仕事はその逆で、EQが一番効く仕事に集中していきます。EQが効かない仕事が消え、効く仕事が残るのだから、平均すればEQの重みは上がります。
「チームを強くする人」はIQでは見分けられない
もう一本、面白い実験を紹介します。2021年に発表された研究で、参加者をくじ引きで何度もチームに割り当て、「この人が入るとチームの成績が予想より上がる」という人を探しました。そういう人は確かにいました。
では、その人たちは何が違ったのか。IQ、性格、学歴、性別では他の参加者と差がありませんでした。唯一違ったのは「相手の目元の写真から気持ちを読む」テストの得点です。しかも、この力がチームの成績を押し上げる効果は、IQの効果とほぼ同じ大きさでした。
筆者の実感でも同じです。AI導入のプロジェクトがうまくいくかどうかを分けるのは、一番詳しい人がいるかではありません。「AIの答えを疑う現場の不安を受け止めて、部門どうしの温度差を埋められる人」がいるかどうかです。「AI導入」の本当の難しさで書いた「個人のスキルでは足りない」という話と、根は同じです。
ただし、EQテストの点数ではAIが人間に勝つ
ここまで読むと「では気持ちの仕事はAIにできない、人間の聖域だ」と言いたくなります。ところが、2025年5月にスイスの2つの大学が発表した研究が、その安心を崩しました。
ChatGPT、Gemini、Claude、DeepSeek など6種類のAIに、企業の採用や研修でも使われる標準的なEQテストを5種類受けさせたところ、平均正答率は81%。人間の平均は56%でした。さらにAIは新しいテスト問題を自分で作ることもでき、その問題は元のテストと同じくらい信頼できるものでした。
この結果はどう読めばいいのでしょうか。EQテストが測っているのは「この場面で人はどう感じるか、どう振る舞うのが適切か」という知識です。AIは膨大な人間のやりとりを学んでいるので、知識として正解を知っているのは自然なことです。
テストで測れる部分はAIが引き受ける。人間に残るのは、テストでは測れない部分。目の前の相手と関係を結び、責任を引き受け、時間をかけて信頼を積む行為そのものだ。
だから「AI時代のEQ」は、重心を移して考えたほうがよいと思います。相手の気持ちを「読む」部分はAIが手伝ってくれます。差がつくのは、読んだうえでどう「関わる」か、そしてその関わりを「続ける」かです。部下の不調に気づくのはAIにもできるかもしれません。でも、気づいた上司が翌朝どう声をかけるかは、その上司にしかできません。
2030年に向けて、会社が求めるスキル
研究の話を、採用と育成の現場に引き寄せます。世界経済フォーラム(WEF)は2025年1月、世界1,000社以上に「2030年に向けてどんなスキルが大事になるか」を聞いた報告書を出しました。
| 区分 | スキル(WEF Future of Jobs Report 2025) |
|---|---|
| 2025年時点で最も重視される力 | 分析的に考える力(10社中7社が必須と回答)、へこんでも立て直す柔軟さ、人をまとめて動かす力 |
| 2030年に向けて重みが増す力 | 人をまとめて動かす力、共感して聞く力、全体を見て考える力、新しい発想、好奇心と学び続ける姿勢 |
| 技術系のスキル | AIとデータ活用、ネットワークとセキュリティ、ITの基礎知識 |
1位が「分析的に考える力」であることは見落とせません。頭で処理する力がいらなくなるわけではないのです。ただ、そのすぐ下に並ぶのは「立て直す力」「人を動かす力」「共感して聞く力」といったEQ型の力で、技術系スキルより上に来ています。Deming の「数学と人と組む力の両方を持つ人が一番伸びる」という32年分のデータと、会社が2030年に求めるものが、ほぼ同じ形をしています。
大企業はこの認識で動き始めています。PwCが3万人にClaudeトレーニングで書いたように、AI研修を大規模に打つ会社が増えています。ただ、その研修が「ツールの操作」だけで終わると、頭で処理する作業をAIに渡す準備しかできません。渡した先で人が何をするかまで設計して、はじめて研修の投資が回収できます。
EQは鍛えられる。明日からできる4つのこと
IQは大人になるとほとんど変わりません。一方、EQは訓練で伸びることが複数の研究で示されています。先ほどの2010年の研究は、EQが「気づく → 意味を読む → 自分の反応を選ぶ」の順に働くことも確かめていて、鍛える順番の目安になります。
ここでは、はてなベースが企業のAI導入を支援するなかで「これは効く」と感じている実践を、その順番で4つ挙げます。

- AIに頼む前に、受け取る相手の状態を1行書く。 たとえば「この資料を見る部長は、先週の数字で機嫌が悪い」。AIに指示する前に、まず自分で1行書きます。「気づく」を習慣にする一番安上がりな方法で、そのまま指示文にも効きます。
- AIに「相手はどう感じるか」を聞く係をさせる。 AIは気持ちを読むのが得意です。送信前のメールや会議の台本を「相手はこれをどう受け取るか」と聞いてから直す。AIを補助輪にして、判断と関わりは自分で持ちます。
- 評価の項目に「まわりを良くしたか」を入れる。 チームの成績を押し上げる人は、個人の成績表には出てきません。個人の成果だけで評価すると、この人たちを取りこぼします。
- 1on1(上司と部下の定期面談)の記録はAIに任せ、人間は聞くことに集中する。 メモを取りながら聞くと、「気づく」段階で情報が落ちます。記録はAI、上司は相手の表情と間に集中します。
どれも、AIを「EQをいらなくするもの」ではなく「読む部分を手伝い、関わる部分に人間の時間を回すもの」として使っています。文系がAI時代をどう戦うかで書いた「手元のAIを壁打ち相手にする」姿勢と地続きです。
経営者の立場で言えば、採用面接で「Excel が使えるか」「AIツールを触ったことがあるか」を聞く比重を下げ、「うまくいかなかったチームをどう立て直したか」を聞く比重を上げる。それが研究に沿った打ち手です。ツールの操作はAIと研修で埋まりますが、後者は埋まりません。
まとめ
「AI時代はIQよりEQ」は精神論ではなく、少なくとも次の4点で数字に支えられています。
- AIが最初に引き受けているのは、情報集めと文章作成という「頭で処理する作業」である(Microsoft の利用記録分析、2025年)
- 人と組む力への需要はAI以前の1980年代から一貫して上がり、数学と人と組む力の両方を持つ人の給料が最も伸びた(ハーバード大学、2017年)
- EQは、相手の気持ちに働きかける仕事で成果を予測し、その種の仕事こそ人間に残る(2010年の研究のまとめ)
- チームの成績を引き上げる人を見分けるのは、IQではなく「相手の気持ちを読む力」だった(2021年の実験)
一方で、EQテストの点数そのものは、すでにAIが人間を上回っています(2025年)。だから重心は「気持ちを理解する知識」から「相手と関わり続ける行為」へ移す必要があります。AIに気持ちを読ませ、人間は関わりに時間を使う。その配分を設計できる会社が、2030年に会社が求めるスキルの形に一番近づきます。
IQを捨てる話ではありません。頭で処理する作業をAIに渡した分だけ空いた時間を、人と関わる行為に投資する。研究が示しているのは、その投資が一番報われる時代に入った、ということです。
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