東京都の事業承継支援に M&A のメニューが追加——9月7日開始。手数料の3分の2・上限200万円と、既存3窓口との使い分けを整理する

2019年から続く東京都の事業承継支援事業に、9月7日、M&A のメニューが加わった。伴走支援、登録した場合の奨励金10万円、成立時の手数料補助(3分の2・上限200万円)の中身と、公社・助成金・国のセンターを含む4窓口の見方を整理する。

東京都が2026年9月4日に発表し、9月7日(月)から始まったのが、2019年から続く事業承継の支援事業に加わった、M&A(会社や事業を第三者へ譲り渡すこと)による第三者承継のメニューです。中小企業診断士等のコーディネーターが相談から承継の条件・方法の整理までを担当し、あわせて奨励金10万円と、M&A の手数料に対する補助金(補助率3分の2・上限200万円)が用意されました。

後継者が決まらないまま「そのうち考える」になっている会社にとって、費用の重さは相談を先送りする大きな理由です。今回の支援はその費用の一部を都が持つ設計になっています。ただし東京には以前から M&A の相談窓口が3つあり、お金の出方も条件も違います。どれを使うかを間違えると、受けられたはずの支援を取り逃がします。この記事では、9月7日に始まったものの中身と金額の読み方、既存3窓口との使い分け、経営者が今週やることを、東京都と各機関の公表資料に基づいて整理します。

9月7日に始まったのは「新しい制度」ではなく、既存事業へのメニュー追加

最初に位置づけを正確にしておきます。今回動いたのは「地域金融機関による事業承継ネットワーク構築支援事業」という事業で、これ自体は令和元年(2019年)7月1日から続いています。東京都の補助金を使い、一般社団法人東京都信用金庫協会と一般社団法人東京都信用組合協会が実施し、株式会社パソナが運営を受託しています。今回はその事業に、M&A による第三者承継の支援メニューが加わりました。

報道や解説の中には「東京都が M&A 支援を始めた」と読める書き方もありますが、都が M&A の相談先を持つのは初めてではありません。後述する東京都中小企業振興公社のマッチング支援は以前から動いています。新しいのは、信用金庫・信用組合のネットワークを土台にした承継支援に、M&A というルートが加わったことです。ただし、日ごろ取引のある信用金庫や信用組合から相談を持ち込めるのか、事務局への連絡が入り口になるのかは、公表資料からは読み取れません。申込みの経路も事務局(03-6225-2040)への確認事項です。

なお、対象となる企業の要件(所在地・売上や従業員の規模・信用金庫や信用組合との取引が必要かどうか)は、都のプレスリリースにも事務局のサイトにも書かれていません。自社が使えるかどうかは、事務局(03-6225-2040)に直接確認してください。この記事でも、公表されていない要件は推測で補いません。

この記事は、譲渡する側の経営者と、その相談を受ける税理士・金融機関の担当者に向けて書いています。給付を受けるのは譲渡する会社で、税理士や金融機関が支援の対象になるわけではありません。顧問先や取引先から相談を受けた立場でこの記事を読んでいる場合も、その会社が対象に当たるかどうかは事務局への確認が要ります。

支援の中身——コーディネーターの伴走と、2つのお金

2019年から続く事業承継支援事業に加わったM&Aメニューの流れの図。①事務局へ相談(申込みの経路は要確認)、②中小企業診断士等のコーディネーターがM&Aの意義と進め方を説明し承継の条件と方法を整理、③譲渡する側がM&A支援機関(トランビ・バトンズ)に登録した場合に奨励金10万円、④M&A成立時に手数料へ補助率3分の2・上限200万円の補助。入金の時期は公表されていない
東京都のプレスリリース(2026年9月4日)に基づく支援の流れと、2つの給付の交付条件

柱は3つです。1つ目は伴走で、中小企業診断士等のコーディネーターが、M&A の意義や進め方の説明から、承継の条件・方法の整理までを担当します。「そもそも自社は売れるのか」「従業員はどうなるのか」という、専門家に会う前段階の疑問を持ち込める相手ができる、と考えるとわかりやすいでしょう。公表資料に書かれているのは条件・方法の整理までで、買い手候補との交渉や成立後までコーディネーターが付くかどうかは明記されていません。どこまで見てもらえるかは事務局に確認してください。

2つ目が奨励金です。譲渡する側が M&A 支援機関に登録した場合に10万円が交付されます。成約の成否とは切り離された、入り口の背中を押すためのお金です。ただし、申請の手続き、審査の有無、実際にいつ入金されるかは公表されていません。登録したその場で受け取れるお金ではない前提で考えてください。3つ目が補助金で、M&A が成立したときに譲渡企業が M&A 支援機関へ支払う手数料に対して、補助率3分の2・上限200万円の補助が出ます。

今回参加する M&A 支援機関は、株式会社トランビと株式会社バトンズの2社です。どちらもインターネット上で売り手と買い手の情報を突き合わせるマッチングサービスを運営しています。掲載すれば買い手が見つかるという性質のものではありません。この点は後段でもう一度触れます。

金額の読み方——上限200万円を使い切れるのは手数料300万円のとき

補助率と上限の組み合わせは、慣れていないと誤読しやすいところです。「上限200万円」は「200万円までなら全額出る」ではありません。まず手数料の3分の2を計算し、その額が200万円を超えたら200万円で頭打ちになります。架空の会社で試算してみます(以下の金額はすべて説明のための仮の数字で、実在の案件のものではありません)。

支援機関に支払う手数料補助額(手数料の3分の2)自己負担上限200万円との関係
150万円100万円50万円上限に届かない
300万円200万円100万円ちょうど満額
450万円200万円(頭打ち)250万円150万円分が対象外
600万円200万円(頭打ち)400万円200万円分が対象外

つまり、手数料300万円が補助を使い切る分岐点です。ここを超えると、増えた手数料はそのまま自己負担になります。手数料は譲渡価格に連動する料金体系が一般的なので、譲渡価格が大きい案件ほど補助の効きは相対的に薄くなる、と読んでおくのが実務的です。

これに、登録した場合に出る奨励金10万円が加わります。たとえば手数料300万円のケースで、奨励金と補助金の両方を満額受けられた場合、都からの給付は合計210万円、手数料に対する最終的な持ち出しは90万円という計算になります。実際に両方を受けられるか、申請や審査に何が要るか、いつ入金されるかは公表されていないため、事務局への確認事項です。もっとも、承継にかかる費用は支援機関の手数料だけではありません。株価の算定、決算書や契約書の内容を買い手が調べるデューデリジェンス(買収監査)への対応、譲渡後の税務など、別に費用が発生する部分があります。後述の助成金は、まさにその部分を対象にした制度です。

会計事務所の視点で補助金・助成金の使い方を整理した記事でも書きましたが、この手の制度は「もらえる金額」より「どの費用が対象か」を先に見たほうが判断を誤りません。手元のお金の動きを先に確かめたい場合は、資金繰りと事業計画の整理の考え方が参考になります。

すでにある3つの窓口と、どう使い分けるか

東京の事業承継の相談先4つの比較図。2019年からの事業に追加されたM&A第三者承継支援、東京都中小企業振興公社の企業再編促進支援、年3回公募の事業承継支援助成金、国の東京都事業承継・引継ぎ支援センターについて、運営主体・主な特徴・お金の条件・連絡先を並べたもの。役割は排他的ではなく重なる部分がある
4つの窓口の主な特徴。役割は重なる部分があり、相談する先・支援機関と契約する先・助成金を申請する先は別々に選べる

東京の事業承継の相談先は、今回のものを含めて4つあります。運営する主体も、お金の出方も違います。以下は主な特徴を並べたもので、扱う範囲がきれいに分かれているわけではありません。

窓口運営してくれることお金期間・時期連絡先
M&A第三者承継支援(今回)東京都、東京都信用金庫協会、東京都信用組合協会コーディネーターが相談から承継の条件・方法の整理まで対応登録した場合に奨励金10万円。成立時の手数料に補助率3分の2・上限200万円2019年開始の事業に2026年9月7日から追加事務局 03-6225-2040
企業再編促進支援(M&Aマッチング)東京都中小企業振興公社専任アドバイザーの助言と、国内の買い手とのマッチング。企業概要書(自社を買い手に説明する資料)の作成から契約締結まで成功報酬は税抜200万円まで公社が負担。超過分は自己負担支援決定日から1年間、または譲渡契約の締結日まで03-3251-7885
事業承継支援助成金東京都産業労働局・東京都中小企業振興公社対象経費への助成(相手探しそのものはしない)助成率3分の2以内、上限200万円・下限20万円2026年度は第2回が9月16日まで、第3回が10月13日〜12月15日03-5320-4783
東京都事業承継・引継ぎ支援センター国の事業を東京商工会議所が受託第三者承継・従業員承継の相談。他社の提案が妥当かを見てもらうセカンドオピニオンも相談は全て無料(完全予約制)常設03-3283-7555

大づかみに言えば、新メニューと公社は支払う手数料の負担が軽くなる方向、助成金は対象経費への助成、国のセンターは相談が無料という並びです。ただし、これは排他的な役割分担ではありません。相手探しを扱うのは新メニューと公社ですが、助成金の対象になる費用(自社株式の評価、仲介事業者との契約に要する経費など)は、どの窓口を使っていても発生します。国のセンターは無料で相談できるので、他の窓口を使う前提でも並行して使えます。

そのため、相談する先、M&A 支援機関と契約する先、助成金を申請する先は、別々に選んで構いません。 順序としては、まず無料で相談できる先に現状を持ち込み、次に相手探しを誰に頼むかを決め、そのうえで自社が支出する費用が助成の対象になるかを募集要項で確かめる、という進め方が無理がありません。窓口を1つに絞ろうとすると、かえって使える支援を落とします。

公社の企業再編促進支援は、譲渡する側だけが対象で、都内で2年以上実質的に事業を続けていること、事業税や社会保険料の滞納がないこと、他のアドバイザーと契約していないことなどが条件です。成功報酬は成約価額の5%または最低報酬額200万円のいずれか高いほうとされ、そのうち税抜200万円までを公社が負担します。申し込みはエントリーシートの提出から始まり、申請前相談と書類審査を経ます。思い立ってすぐ動く窓口ではないため、譲渡を検討し始めた段階で日程を逆算しておくべきです。

事業承継支援助成金は4つのタイプに分かれていて、M&A で第三者へ承継したい会社は A タイプに当たります。対象経費は自社株式の評価、FA(ファイナンシャルアドバイザー。譲渡側に付いて条件交渉を代理する専門家)や M&A 仲介事業者との契約に要する経費などです。譲り受ける側は D タイプで、デューデリジェンスや契約書作成、事業統合計画の策定にかかる費用が対象になります。助成率は3分の2以内で、小規模企業が企業価値の算定に取り組む場合は全額。上限200万円・下限20万円という設計なので、20万円に届かない少額の支出だけでは使えません

助成金は費用を支出したあとに受け取る仕組みですが、対象になる経費の範囲、支出の時期の条件、申請から入金までの流れは募集要項で決まります。契約を結ぶ前・費用を支出する前に、募集要項と申請の締切を確認してください。2026年度の募集は第2回が8月3日〜9月16日、第3回が10月13日〜12月15日です。第2回に間に合わない場合でも、第3回の締切までに準備すれば申請できます。

国の東京都事業承継・引継ぎ支援センターは、相談が全て無料という点で入り口として使いやすい窓口です。仲介会社から提示された条件が妥当なのか、自分だけでは判断しづらいときに、セカンドオピニオンを取りに行ける先として覚えておくと役に立ちます。

経営者が最初にやること

後継者不在の状態で「まず何から」と迷ったら、次の順で手を付けると空振りが減ります。

やること相手・時期
1自社が新メニューの対象かを確認する。所在地・規模・信用金庫や信用組合との取引の要否は公表されていないため、電話で聞くのが早い事務局 03-6225-2040
2費用の助成も使うなら、直近の募集回・申請条件・対象経費を先に確認する。契約や支出をしたあとでは対象外になることがある第2回は9月16日まで、第3回は10月13日〜12月15日。03-5320-4783
3直近3期分の決算書、株主名簿、主要な取引先と契約の一覧、従業員名簿と就業条件を1つのフォルダにまとめる自社。1と2と並行して進める
4自社の株価がいくらになりそうかの見当を付ける顧問税理士・会計士
5相談する先、M&A 支援機関と契約する先、助成金を申請する先をそれぞれ決める。1つに絞る必要はない上記の比較表を見ながら

3の資料集めを軽く見ないでください。買い手候補は決算書だけを見て判断するわけではなく、株主が誰なのか、主要取引先との契約に承継を妨げる条項がないか、従業員の労働条件がどうなっているかまで確認します。ここが整理されていない会社は、話が進んでから何度も差し戻しが起きて時間を失います。

あわせて、社内で保管する資料と、外部へ出す資料を分けて用意してください。買い手候補に最初に渡すのは、社名が分からない形にした事業の概要(匿名の資料)が一般的です。実名や取引先名、従業員の氏名を含む資料を出す前に、支援機関や買い手候補と秘密保持の取り決めを交わし、社内では誰の承認があれば出せるのかを決めておきます。支援機関と契約するときは、手数料の金額と発生する時点、他社へ同時に依頼できない専任の条項があるか、途中でやめる場合にどうなるかを、契約書の条文で確認してください。従業員や取引先にいつ伝えるかも、この段階で決めておく論点です。

4の株価の見当は、税理士・会計士に相談する最初の論点です。同族の会社では、相続税の計算に使う評価額と、第三者が買うときの値段が一致しません。前者は財産評価基本通達に沿って計算するのが基本ですが、会社の規模や資産の内容によって扱いが変わり、例外もあります。後者は買い手の見立て次第です。どちらの金額で考えるべきかは顧問の税理士に確認してください。この2つを混同したまま「うちの会社はこのくらい」と考えている経営者は少なくありません。あわせて、株式を譲渡したときの税負担、役員退職金をどう組み合わせるか、譲渡後に従業員の雇用条件をどう引き継ぐかも、早い段階で論点として並べておくべきです。判断が数字に効いてくる部分なので、中小企業向けの税制を扱った記事も合わせて確認しておくと、話が具体的になります。

なお、税務の取扱いは会社の資本構成や譲渡の形(株式を売るのか、事業だけを売るのか)で変わります。この記事では制度の枠組みまでを扱い、個別の税務判断には踏み込みません。実際の適用は顧問の税理士に確認してください。

使う前に押さえておきたいこと

3点だけ、先に知っておくと落胆せずに済みます。

  1. 制度を重ねて使えるかどうかは、この記事では断定しません。 手数料の補助と助成金は対象経費が近く、同じ支出に二重に給付が出るかは各制度の要綱の扱いによります。新メニューは事務局、助成金は産業労働局または公社と、それぞれの窓口に確認してから申し込んでください
  2. トランビとバトンズは登録制のマッチングサービスであり、掲載イコール成約ではありません。 買い手が現れるかは、事業の内容・利益・所在地・引き継ぎの条件次第です。「登録すれば売れる」という前提で従業員や取引先に話を進めないでください
  3. 支援は相手探しの成立までです。 成立後の統合作業(経理や給与計算の仕組みをどう寄せるか、取引先へどう説明するか)は、別に手当てが要ります。承継したあとの経理体制まで見通しておくと、譲渡後に慌てません

もう1つ、時間の見積もりについて。相手探しから条件交渉、基本合意書(正式契約の前に、価格や進め方の大枠を確認する書面)の取り交わし、買い手による調査、最終契約と、通る段階が多い手続きです。公社の企業再編促進支援が支援期間を「支援決定日から1年間」に設定していることからも、短期で終わる前提では組まれていないことが読み取れます。経営者の年齢や健康、金融機関との関係を考えると、動き出す時期は早いほど選択肢が多いという一般論はここでも当てはまります。

まとめ——窓口は1つに絞らなくてよい

2026年9月7日に加わった M&A 第三者承継支援は、2019年から続く事業承継ネットワークの事業に、コーディネーターの伴走と、奨励金10万円・手数料補助(3分の2・上限200万円)を組み合わせたメニューです。信用金庫・信用組合を土台にした承継支援に M&A のルートが加わった点が新しいところです。一方で対象企業の要件も、申込みの経路も、給付の入金時期も公表されていないため、まず事務局に電話をかけて自社が使えるかを確かめるところからになります。

東京にある4つの窓口は、競合ではありません。相手探しまで頼みたいなら新メニューか公社、費用の助成を受けたいなら助成金、提示された条件の妥当性を確かめたいなら国のセンター。役割は重なるので、相談する先と、支援機関と契約する先と、助成金を申請する先は、それぞれ別に選んで構いません。無料で相談できる先から順に当たっていくのが、費用の面でも情報の面でも無理がありません。

私たちは会計事務所を母体とするグループとして、株価の算定、譲渡にかかる税務の論点整理、そして引き継いだあとの経理体制の設計までを一つの窓口で扱っています。制度の申込みを代行するのではなく、どの窓口が自社に合うかを一緒に決め、数字の裏付けを付けるのが役割です。グループのアドバイザリー会社ではM&A・事業承継の支援を専門に扱っています。制度の変更が続くこの時期は、今年のほかの制度改正と合わせて、自社に効くものを一度棚卸ししておくとよいでしょう。

株価算定・税務・引き継ぎ後の経理まで、一つの窓口で

制度の申込みを代行するのではなく、自社に合う窓口の選び方、株価算定と税務の論点整理、譲渡後の経理体制の設計をご支援しています。後継者が決まらないまま数年が過ぎている、という段階からのご相談で構いません。

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