本記事の要点
Google Agentspaceは、社内ドキュメント・SaaS・Webを横断検索でき、ノーコードでAIエージェントを作れる従業員向けの「AIの玄関」です。2024年12月に提供開始されたあと、2026年4月の Google Cloud Next で「Gemini Enterprise」というブランドに統合され、開発基盤の「Agent Platform」と利用者向けの「Gemini Enterprise アプリ」の2層構成に再整理されました。本記事では主要機能、対応コネクタ、料金、競合との位置づけ、日本企業の導入ポイントまで整理します。
2025年から2026年にかけて、生成AIの企業導入はチャット画面から「AIエージェント」へと主役を移しています。社員一人ひとりが質問を入力する使い方ではなく、業務システムをまたいで自律的に動くエージェントに仕事を任せる運用が広がってきました。その中心にあるのが、Googleが提供する Agentspace、そして2026年に大幅刷新された Gemini Enterprise です。

Google Agentspaceとは何か
Google Agentspaceは、社員の専門性を問わずに使える企業向け統合AIアシスタントです。Googleの最新モデル Gemini、エンタープライズグレードのセキュリティ、社内データソースを束ね、社員が日々の意思決定や調査・作業を1つの入口で完結できるようにすることを狙っています。
Agentspaceの登場以前から、社内には「営業はSalesforce」「人事はWorkday」「ITはServiceNow」「ナレッジはConfluenceやSharePoint」と専門ツールが分散していました。社員は質問の答えを得るために複数システムを行き来し、ファイルを開いては検索し直す時間を消費していたのです。Agentspaceはこの分散を、AIが社内データを横断的に理解して回答するレイヤーとして一段抽象化することで解消します。
提供開始からのタイムライン
| 時期 | アップデート | 概要 |
|---|---|---|
| 2024年12月 | Agentspace 一般提供開始 | 社内データ横断検索+NotebookLM Enterprise統合 |
| 2025年4月(Cloud Next '25) | Agent Gallery/Agent Designer 追加 | ノーコードでカスタムエージェント作成が可能に |
| 2026年4月(Cloud Next '26) | Gemini Enterprise に統合・再ブランド | Agent Platform(開発基盤)+ Gemini Enterprise アプリ(利用者基盤)の2層構成へ |
「Agentspace」という呼び名はどうなった
2026年5月時点では、旧Agentspaceの機能は Gemini Enterprise アプリ に内包される形で継続提供されています。公式ドキュメントやマーケティング上は「Gemini Enterprise」「Gemini Enterprise アプリ」が前面に出ていますが、技術記事や過去資料では「Agentspace」名義のままで言及されているケースも多く、しばらく両方の呼び名が併用される見込みです。
2026年最大の変化 — Gemini Enterpriseへの統合
2026年4月22日、Google Cloud Next '26で発表されたのが「Gemini Enterprise」という統合プラットフォームです。これまで Vertex AI(開発者向け)と Agentspace(社員向け)に分かれていたAI関連製品群を、1つのコントロールプレーンで管理できる形に再構成しました。
新しい Gemini Enterprise は、大きく2つのレイヤーから構成されます。1つは開発者・IT部門向けの「Agent Platform」、もう1つはエンドユーザー向けの「Gemini Enterprise アプリ」です。社員はアプリ側からエージェントを呼び出し、IT部門はプラットフォーム側でガバナンスとセキュリティを統制するという役割分担になりました。

Agent Platform — 開発・運用基盤
Agent Platform は、エージェントの「設計・スケール・統制・最適化」を1つに束ねた開発基盤です。Vertex AIの後継にあたり、コードベースで作る Agent Development Kit(ADK)から、Memory Bank によるエージェントの長期記憶、Agent-to-Agent オーケストレーションまで揃います。ガバナンス面では Agent Identity・Agent Gateway・Model Armor といったセキュリティ機構が標準搭載され、プロンプトインジェクションやデータ漏洩への防御が組み込まれています。
Gemini Enterprise アプリ — 利用者の玄関
Gemini Enterprise アプリは、社員がAIエージェントを「発見・実行・共有」するための窓口です。Agent Designer によるノーコード作成、Inbox での長期実行ワークフロー管理、Projects によるチーム共有ワークスペース、Canvas での Google Docs / Microsoft 365 連携など、業務に組み込みやすい体験設計になっています。
主要機能を5つに整理する
ここからは、Agentspace 〜 Gemini Enterprise アプリで提供される主要機能を5つに整理します。社内導入の判断材料として、それぞれが「誰の」「どんな業務」を変えるのかを意識しながら読み進めてみてください。
1. Agent Gallery — 社内に並ぶエージェントの一覧
Agent Gallery は、Google製・社内製・パートナー製のエージェントを1か所に集めた社内アプリストアのような存在です。承認されたエージェントのみが表示されるため、IT部門は「誰がどのエージェントを使えるか」を管理しやすく、社員は許可された範囲から目的に合うエージェントを選んで使えます。

Adobe、Atlassian、Oracle、Salesforce、ServiceNow、Workday、Accenture、Deloitte、KPMG など、大手SaaS/コンサルティング各社が自社製エージェントを Agent Gallery に提供しており、社員は Salesforce 上の商談記録を要約するエージェント、Workday の人事データから組織図を生成するエージェントといった「業務特化型エージェント」を即座に試せます。
2. Agent Designer — ノーコードのエージェント作成
Agent Designer は、自然言語の指示だけでエージェントを作成できるノーコードビルダーです。「毎週金曜にSalesforceから新規商談を抽出して、概要をSlackチャンネルに投稿する」「ServiceNowのチケットをカテゴリ別に分類して担当者をアサインする」といった日常業務を、エンジニア不要で組み立てられます。
従来は社内アプリ化のためにローコード基盤を導入したり、外注で簡易ツールを発注したりしていた領域です。Agent Designer の登場により、部門単位で 半日〜1日でプロトタイプを動かす ことが現実的になりました。
3. Google製の組み込みエージェント群
Googleは Agentspace 上で動く専用エージェントをいくつか提供しています。代表的なのは以下の3つです。
- Deep Research Agent — 複雑なテーマについて社内・社外の情報源を横断調査し、引用付きの調査レポートを生成する
- Idea Generation Agent — 新規プロダクトや施策のアイデアを科学的アプローチで複数案出し、それぞれを比較評価する
- NotebookLM Enterprise — 任意の社内資料をソースに登録し、要約・ブレインストーミング・音声サマリー生成まで実行する
特に NotebookLM Enterprise は、社内ナレッジ専用の調査AIとして実用性が高く、提案書のドラフト作成や監査資料の整理など「資料を読み込ませて派生物を作る」用途で導入が進んでいます。
4. 統合エンタープライズサーチ
Agentspaceの中核は、Google検索の技術を社内データに適用したエンタープライズサーチです。Google Drive・Microsoft 365・Confluence・Jira・Salesforce・ServiceNow など複数のSaaSに散在するドキュメントを1つの検索窓から探せます。Chrome Enterprise との統合により、ブラウザのアドレスバーから直接呼び出せる点も特徴です。
テキストだけでなく、画像・音声・動画もマルチモーダルで対象に含められるため、議事録動画の中身まで含めた「全社ナレッジの一元検索」が可能になります。

5. MCPとA2Aによるオープンなエージェント連携
Gemini Enterprise は、エージェント間連携の業界標準として MCP(Model Context Protocol) と A2A(Agent-to-Agent) プロトコルを採用しています。これにより、Google製エージェントとサードパーティ製エージェントがベンダーロックインなく相互に呼び出せます。Salesforce Agentforce で実行した処理の結果を、Gemini Enterprise の Deep Research にそのまま渡す、といった連鎖が技術的に可能です。
社内ナレッジ × AIで効果を出したい方へ
Agentspace のようなエンタープライズAIを生かす前提は、参照されるデータが整っていることです。はてなベースの「社内RAG構築サービス」では、社内ドキュメント・SaaSデータを横断検索できる基盤の設計から運用まで伴走します。
連携できる外部システム
Agentspace / Gemini Enterprise が真価を発揮するのは、社内システムへのコネクタが揃っているからです。2026年5月時点で公式に対応している主要コネクタは以下のとおりです。
| カテゴリ | 対応サービス | 用途の例 |
|---|---|---|
| コラボレーション | Google Workspace、Microsoft 365、SharePoint、OneDrive | 全社ドキュメント横断検索・要約 |
| CRM・営業 | Salesforce | 商談情報の要約、提案書ドラフト生成 |
| 人事・労務 | Workday | 従業員データ参照、組織図生成、福利厚生Q&A |
| ITサービス管理 | ServiceNow | インシデント分類、回答案生成、運用報告書作成 |
| プロジェクト管理 | Jira、Confluence、Atlassian製品全般 | 課題の進捗集計、技術ドキュメントの検索 |
| クリエイティブ | Adobe | Photoshop / Premiere との連携、デザイン業務支援 |
| データベース | Oracle | 業務データへの自然言語クエリ |
| セキュリティ | Palo Alto Networks | セキュリティアラートの解析・要約 |
ここに挙げたのはあくまで公開済みのGoogle純正・パートナー製エージェントですが、独自業務に合わせたカスタムコネクタも Agent Platform 側で開発可能です。MCP に対応したサードパーティ製ツールであれば、追加開発なしで連携することもできます。
料金と提供形態
Gemini Enterprise は、利用者向けの Gemini Enterprise アプリ と、開発者向けの Agent Platform で課金体系が分かれます。アプリ側はユーザーあたりの月額サブスクリプション、Agent Platform 側は従量課金がベースです。
従量課金の主な対象は、Agent Engine ランタイムの vCPU 時間・メモリ使用量、セッションや長期記憶を保存するイベント数、Vertex AI Search のクエリ数、そして Gemini や Claude などモデルごとのトークン消費量です。組織全体で展開する場合は、社員数・想定クエリ数・モデル選択を掛け合わせた月額数十万円〜数百万円規模を見込むケースが多くなります。
コスト試算は早めに専門家へ
Gemini Enterprise の料金は、社員数だけでなく「どの社員が、どのエージェントを、どれくらい呼び出すか」「利用するモデルは Gemini 2.5 Flash か Pro か、Claude を含めるか」など複数の変数で大きく変動します。PoC段階で実利用想定に基づいた月次コスト試算を行うことを強く推奨します。
セキュリティとガバナンス
企業導入で必ず議論になるのが、生成AIに社内データを通すリスクと、エージェント自身がもたらすリスクです。Gemini Enterprise はこの両面にいくつかの仕組みを用意しています。
- Agent Identity — 各エージェントに暗号鍵ベースの一意IDを付与し、どのエージェントが何をしたかを完全にトレース可能にする
- Agent Gateway — エージェントとデータソースの間の通信を集中管理し、誰がどのデータにアクセスしたかを監査する
- Model Armor — プロンプトインジェクション、ツール毒、データ漏洩などエージェント特有の攻撃ベクトルを検知・遮断する
- PII/PHI 検出スキャン — 個人情報・医療情報を含む出力を自動検出し、利用者の閲覧範囲を制御する
- Customer-Managed Encryption Keys(CMEK) — 暗号鍵を顧客側で管理し、データ主権を保つ
- データレジデンシー保証 — 日本国内リージョンを含む、保管地域の指定が可能
国内の金融・医療・公共領域でも導入検討が進んでいる背景には、こうしたガバナンス機構の整備があります。
競合製品との位置づけ
AIエージェントのエンタープライズ市場は、Microsoft、Salesforce、Google の3社が事実上の三つ巴になりつつあります。それぞれが「自社の業務スイートを起点に、外部システムへ広げる」戦略を取っており、企業のIT部門は3つの軸での選定を迫られます。
| プラットフォーム | 強み | 中心となるデータ基盤 | 想定される第一導入対象 |
|---|---|---|---|
| Gemini Enterprise(Google) | マルチモーダル検索、ノーコード開発、Workspace/M365両対応 | Google Workspace+外部SaaS横断 | 情シス・経営企画・全社ナレッジ |
| Microsoft 365 Copilot / Copilot Studio | Office製品との深い統合、Azure統合、SharePoint連携 | Microsoft 365+Azureデータ | Office中心の業務部門 |
| Salesforce Agentforce | 営業・顧客サポート領域の深さ、Data Cloud上のRAG | Salesforce CRM+Data Cloud | 営業・カスタマーサクセス |
「Microsoft 365 + Salesforce 両方を主要システムとして使っている」「データソースが社内外に分散している」といった企業は、各システムを横断できる Gemini Enterprise を有力候補に据えるケースが増えています。一方、Microsoft 365 中心の運用に統一できる企業や、CRM軸での自動化を最優先する企業は、それぞれ Copilot・Agentforce が自然な選択です。「どのデータの上でAIを動かすか」が、導入判断の主軸になります。
日本企業が検討するときの3つのポイント
日本企業が Gemini Enterprise を検討する際、海外事例をそのまま当てはめても上手くいかないケースを多く見ます。導入の意思決定で外せないポイントを3つに整理します。
ポイント1 — 「現状の業務システム構成」から逆算する
Gemini Enterprise の価値は「対応コネクタ × 社内利用ユースケース」で決まります。Google Workspace を使っているか、Microsoft 365 と併用しているか、Salesforce や Workday を持っているか — 自社のシステム構成を棚卸ししたうえで、最も時間が浪費されている部門業務から検討するのが王道です。
ポイント2 — データの整備状況を直視する
AIエージェントの品質は、結局のところ参照できる社内データの整理度合いに依存します。SharePoint や Google Drive の中に古いドラフトと最新版が混在していたり、CRMの取引先マスタが重複していたりすると、エージェントは「もっともらしい誤回答」を返してしまいます。Gemini Enterprise 導入とセットでデータ基盤の整理を進めることが、PoCで失敗しない条件です。
ポイント3 — 全社展開とオンプレ要件のバランス
「全社員にAIを使わせたいが、特定データはクラウドに出したくない」というニーズも増えています。Gemini Enterprise はクラウド前提のサービスですが、機密データはオンプレミスLLMで処理し、汎用業務はクラウド側で処理するハイブリッド設計が現実解になるケースも少なくありません。
Gemini Enterprise 導入の検討から伴走します
Gemini Enterprise の導入検討は、技術選定だけでなくデータ基盤整備と業務設計が絡む総合プロジェクトです。はてなベースでは、(1)AIエージェント組み込みサポート、(2)データ基盤整備、(3)オンプレミスAI導入支援の3軸で企業のAI活用を支援しています。たとえばこんなケースで活用できます — 「Microsoft 365とSalesforceを横断するAIアシスタントを全社配布したい」「Gemini Enterpriseの前段として社内データを整理したい」「機密データだけはオンプレミスLLMで処理したい」。
まとめ
Google Agentspace は、2024年12月の登場から1年半で「企業向けAIエージェントの中心ハブ」に成長し、2026年4月の Gemini Enterprise 統合でその位置づけがさらに明確になりました。Agent Gallery によるエージェントの集約、Agent Designer によるノーコード開発、NotebookLM Enterprise を核としたナレッジ業務、Microsoft 365 / Salesforce / Workday といった主要SaaSとの連携 — これらを1つの統制レイヤーで束ねる構造は、競合の中でも独自の強みです。
ただし「導入さえすればAI活用が進む」というプロダクトではありません。業務システム構成・データ整備・セキュリティ要件の3点を整理したうえで、最も価値の出る業務から段階的に展開していくことが、投資対効果を最大化する近道です。たとえば「社員調査の自動化」「議事録から提案書の半自動生成」「人事問い合わせのセルフサービス化」など、効果が見えやすいユースケースから入るのが定石です。