Vertex AI が「Gemini Enterprise」に——Agentspace 統合で進む Google のエージェント基盤一本化

Vertex AI が「Gemini Enterprise」に改称、Agentspace と統合された。「基盤モデルを売る」から「エージェントを運用する場所を提供する」への戦略転換。法人 AI 採用の選び方が一段変わるタイミング。

2026 年 4 月の Google Cloud Next 2026 で、Google は AI 基盤製品の大規模な再編を発表しました。Vertex AI が「Gemini Enterprise Agent Platform」に改称、エージェント実行基盤の Agentspace も Gemini Enterprise に統合。基盤モデル / 学習 / 推論 / エージェント運用 / 業務 SaaS 連携が、一つの製品ラインに集約 されました。

本記事では、この改編が「単なる名前の付け替え」ではないこと、なぜ今このタイミングか、企業導入の判断にどう影響するかを整理します。Microsoft 365 Copilot / Anthropic Claude Compliance API と並べて、AI 基盤選定の論点として読める形にまとめました。

何が再編されたか

今回の発表で具体的に変わったのは、次の 3 点です。

  1. Vertex AI → Gemini Enterprise Agent Platform に改称。製品としての中身は継続だが、ポジショニングが「ML プラットフォーム」から「エージェント基盤」に明確に移った
  2. Agentspace を Gemini Enterprise に統合。これまで「業務エージェントの実行・SaaS 連携・社内検索」を担っていた Agentspace は、独立製品としては姿を消し、Gemini Enterprise の一機能として再構成された
  3. Workspace Studio が同時発表。ノーコードで AI エージェントを構築し、Gmail / Docs / Sheets / Drive / Meet / Chat / Asana / Jira / Mailchimp / Salesforce などに繋ぐ no-code 基盤が、Gemini Enterprise の入り口として開かれた

用語メモ|Vertex AI と Agentspace — Vertex AI は Google Cloud の機械学習・AI プラットフォーム。基盤モデルの提供、ファインチューニング、推論パイプライン、MLOps を担ってきました。Agentspace(2024 年末発表)は企業向けの AI エージェント実行・社内検索基盤。両者は同じ Google Cloud 内にありつつ、契約・コンソール・運用責任が別だった、というのが今回の統合前の状況。

改編の全体像

「これまで」と「これから」の関係を図にすると、こうなります。

Vertex AI と Agentspace が Gemini Enterprise に集約される図。これまで(〜2025)は Vertex AI(基盤モデル提供・学習推論・MLOps)と Agentspace(エージェント運用・業務SaaS連携・社内検索)が別製品。これから(2026〜)は Gemini Enterprise Agent Platform に一本化。
Vertex AI と Agentspace が「Gemini Enterprise」に集約される構図。同時発表は Workspace Studio と AI Expanded Access

ポイントは、「Google は基盤モデルを売る会社」から「エージェントを動かす場所を売る会社」へポジショニングを変えた ことです。OpenAI が ChatGPT で消費者市場をおさえ、Microsoft が Copilot で Office 標準を取り、Anthropic が Claude Code とエージェント機能で開発者を取り込んでいる中で、Google は「エージェント運用の基盤を企業に売る」軸を改めて明確化したと読めます。Claude を企業統制に乗せる動きについては Anthropic 28 連携と Cloudflare CASB の記事 を参照。

なぜ「Gemini Enterprise」という名前に集約したのか

「Vertex AI」のままでも同じ機能を提供できたはずです。それでも改称した狙いは、おそらく次の 3 つです。

第一に、「Gemini」というブランド名で企業向けも統一すること。これまで個人向け Gemini(Free/Plus/Pro/Ultra)と法人向け Vertex AI が名前で分断されており、「Vertex AI って結局 Gemini なの?」という混乱が顧客側にあった。Gemini Enterprise に統合することで、個人 → 法人 → 大企業まで同じブランドで連続させる戦略です。

第二に、「Agent」という言葉をブランドに入れること。Gemini Enterprise Agent Platform という正式名称は、Google が AI の主戦場をエージェント運用に据えたことを明示しています。ChatGPT のチャット UI、Copilot の Office アシスタント、Claude のコーディングエージェントといった他社の打ち手に対し、Google は「業務エージェントを構築・配布・運用できる場所」を提供する立場を取る、という宣言です。AI エージェントとは何かはAIエージェントの解説記事 でも詳しく扱っています。

第三に、Agentspace の運用責任を明示化すること。Agentspace は機能としては存在していたものの、エンタープライズ顧客から見ると「Vertex AI と別契約・別コンソール」で運用負担が重かった。Gemini Enterprise に統合することで、単一の契約・単一の管理画面・統一されたガバナンス で扱えるようになります。情シスにとっては大きな改善です。

同時発表された Workspace Studio——no-code エージェント構築の democratization

今回の Cloud Next 2026 で、Gemini Enterprise と並んで強い注目を集めたのが Workspace Studio です。これは「ノーコードで AI エージェントを構築できる」基盤で、Gmail / Docs / Sheets / Drive / Meet / Chat に加えて、外部 SaaS(Asana / Jira / Mailchimp / Salesforce 等)への接続、Webhook / Apps Script による任意 API 呼び出しまで、自然言語の指示でエージェントを組み立てられます。

これは事業部のビジネス担当者が エンジニアに依存せずに AI エージェントを内製できる ことを意味します。Microsoft の Power Automate / Power Apps が長年担ってきた「市民開発(citizen development)」の領域に、Google が Gemini エコシステムで真っ向勝負を仕掛けた形です。Power Automate との比較はMicrosoft 365 完全料金ガイド も参考になります。

用語メモ|Workspace Studio — Google Workspace の上で動く、ノーコードのエージェント構築ツール。「営業 X 社向けに毎週月曜日 9 時に売上レポートを Drive から取得して Salesforce に書き戻し、Slack で通知する」のような業務フローを、自然言語の指示と GUI で組み立てられる。Gemini Enterprise の入り口として、消費者寄りの担当者にもエージェント開発を開放する役割。

AI Expanded Access——上位機能の追加アンロック

もう一つ同時に発表されたのが、AI Expanded Access という追加アドオン(2026 年 3 月 1 日開始)です。Gemini Enterprise の標準枠を超えて、より重い機能を使いたい企業向けの選択肢として位置づけられます。具体的には次の 3 つが含まれます。

  • Nano Banana Pro:高品質な画像生成モデルの上位利用枠
  • Veo 3.1(AI アバター動画生成):マーケティング・トレーニング動画の AI 自動生成の枠拡張
  • Gemini 3 Pro の深い推論:Deep Think モード・長文コンテキスト処理の枠拡張

このアドオン構造は、Microsoft の Copilot Pro / Copilot Studio 追加機能、Anthropic の Claude Code 追加トークンと同じ思想です。「ベース契約は手頃に、重い機能は使う分だけ追加で」段階課金型 のアプローチが業界の主流になりつつあります。

企業の導入判断にどう効くか——3 つの論点

では実際の企業導入の判断にこの再編がどう影響するかを、3 つの論点で整理します。

ひとつ目:Vertex AI を既に使っている企業はどうなるか。基本的に 既存の Vertex AI 上の資産(モデル・パイプライン・ノートブック)はそのまま Gemini Enterprise に継承される と Google は明言しています。コンソールの導線や名称が変わるだけで、ワークロード自体は移行不要。ただし、契約上の名称は変わるため、SI や調達側の書類・稟議のテンプレートは更新が必要になります。

ふたつ目:Workspace を使っている企業の AI 戦略がシンプルになる。Workspace Business / Enterprise SKU には Gemini が標準でバンドルされており(追加料金なし、2025 年初頭から)、ここに今回の Workspace Studio が乗ることで、「まず Workspace で AI を試して、必要に応じて Gemini Enterprise に拡張する」 という連続パスが綺麗に整いました。M365 + Copilot の組合せ(Business Standard ¥1,874 + Copilot Business ¥3,148)に対する Google 側のカウンターと読めます。

みっつ目:マルチクラウド企業の選択肢が広がる。Gemini Enterprise は Google Cloud 上で動きますが、エンタープライズ顧客の多くは Azure / AWS / GCP のマルチクラウド構成です。Google が「エージェント基盤」を強化することで、AWS Bedrock / Azure AI Foundry と並ぶ第三の選択肢として明確化 されました。マルチクラウドの AI 戦略を持つ企業にとっては、選択の自由度が一段増えたタイミングです。AI コスト爆発の議論と合わせて読むと『AIを入れただけでは、むしろ高くつく』記事 も参考になります。

残る論点——「エージェント基盤」競争の本格化

今回の再編で明確になったのは、「AI のエージェント運用基盤」が次の戦場 だということです。Google(Gemini Enterprise + Workspace Studio)、Microsoft(Copilot Studio + Power Automate + Dataverse)、Anthropic(Claude Compliance API + 28 連携)、OpenAI(GPTs / Agents API)、AWS(Bedrock AgentCore)——主要プレイヤーが、ほぼ同時に「エージェント基盤」の言葉を使い始めました。

短期で正解は出にくい領域です。「どのベンダーのエージェント基盤に張るか」を一発で決めようとせず、現在使っている SaaS / Workspace と相性のいい基盤から段階的に検証する のが現実解。Workspace を使う企業なら Gemini Enterprise、Microsoft 365 を使う企業なら Copilot Studio、独立した Anthropic Claude を使う企業なら Claude Compliance API、という選び方が自然になります。

もう一点、AI エージェント基盤を選ぶ際の見落とされがちな観点が、「自社のデータをどこにどう置くか」 です。エージェントが業務 SaaS にアクセスするには、そのデータが整理されている必要があります。データが部署ごとにバラバラだと、エージェントは「毎回かき集める」状態になり、結局コストとレビュー負担が膨らみます。データ統合という前提を整える話は『AIを入れただけでは、むしろ高くつく』記事 の中核論点と一致します。

まとめ|「モデル提供」から「エージェント基盤」へ——Google の本気度

Vertex AI から Gemini Enterprise への改称、Agentspace の統合、Workspace Studio の同時発表——これらは表面的には製品名の整理と新機能リリースですが、本質は 「Google は AI の主戦場をエージェント運用基盤に据えた」 という意思表明です。Gemini という個人向けブランドと、法人向けの統一感を担保し、Workspace 経由の democratization と、Cloud 経由のエンタープライズ展開を両輪で揃えた格好です。

日本企業の AI 導入を考えるとき、これまでは「ChatGPT / Claude / Gemini どれを使うか」というモデル選定の話が中心でした。これからは、「どのエージェント基盤を社内の業務フローに組み込むか」 という、より広い問いに変わります。Gemini Enterprise + Workspace Studio は、その問いに対する Google の答えの一つ。M365 + Copilot Studio、Claude Compliance API、それぞれと並べて評価するタイミングが来ています。

はてなベースは、Gemini Enterprise / Microsoft 365 Copilot / Anthropic Claude などのエージェント基盤の選定・導入・業務組み込み設計をご支援します。「どのベンダーに張るか」を一発で決める前に、自社の Workspace / Microsoft 365 / その他 SaaS との相性、データの整い具合、業務フローの段階を踏まえた現実解を一緒に設計します。ベンダー選定の前段、データ統合の整備から伴走できる体制です。

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