2026年5月12日、Anthropicは法務領域に特化したエージェント群 Claude for Legal を anthropics/claude-for-legal として公開しました。商事・コーポレート・人事労務・プライバシー・IP・訴訟など 12の実務領域 に対応するプラグインと、Ironclad / DocuSign / iManage / LexisNexis / CourtListener など 20種以上のMCPコネクタ が同梱され、Claude Code または Claude Cowork からスラッシュコマンドで呼び出せる構成になっています。
発表記事をなぞるだけだと「結局なにができるのか」が掴みにくいので、本記事ではローカルのClaude Codeにインストールし、はてなベース社の架空プラクティスプロファイルを設定したうえで、commercial-legal プラグインの nda-review スキルにサンプルNDAを読ませて、GREEN/YELLOW/REDのtriageが出てくるところまで実機検証しました。読者対象は「自社の法務に生成AIをどう組み込むか」を検討している経営者・法務責任者・情報システム部門の方です。
Claude for Legalとは何か(概要)
Claude for Legalは「契約レビューAI」のような単一プロダクトではなく、Claudeに法務領域の文脈と作法を覚えさせるためのプラグインマーケットプレース です。GitHub上の公開リポジトリをClaude Code/Cowork側でマーケットプレース登録し、好きなプラクティスのプラグインを /plugin install でインストールします。各プラグインは6〜10種のスキル(スラッシュコマンド)と、定期実行されるスケジュールエージェント、そして practice profile と呼ばれる playbook を持つ構造です。

プラクティスは大きく In-house(社内法務)・Firm(法律事務所)・Academic(ロースクール・クリニック) の3軸に分かれ、それぞれを横断する形で12のプラグインが提供されます。

今回のセットアップ:はてなベース社内法務の架空プロファイル
実機検証では、はてなベース社内法務(社内2名+外部顧問1社)を想定した practice profile を ~/.claude/plugins/config/claude-for-legal/commercial-legal/CLAUDE.md に書き込みました。本来は /commercial-legal:cold-start-interview という10〜20分のインタビューで対話的に作るファイルですが、今回は時短のため手動で作成しています。
playbook の中身は「自社のNDAに対するスタンス」を細かく規定したものです。たとえば秘密保持義務の存続期間は契約終了後 3年が標準・5年超でYELLOW・10年超でRED、NDAに非勧誘条項などの restrictive covenant が混ざっていたら自動でYELLOW、というように、レビュー側の判断基準を文字で書き出します。
## Playbook
**Active side:** both(取引先による)
### NDA triage positions
**Mutuality:** 双方向(mutual)が標準。一方向(receivingのみ)はYELLOW。
**Term length:** 契約期間2〜3年が標準。5年以上はYELLOW。
**Survival period:** 秘密保持義務の存続期間は契約終了後3年が標準。5年超はYELLOW、10年超はRED。trade secretは無制限OK。
**Carveouts(5項目):** 公知 / 既知 / 独立開発 / 第三者受領 / 法令命令——全て必要。1つでも欠落→YELLOW。
**Restrictive covenants:** non-solicit / non-compete / exclusivity / ROFRがNDAに入っていたらauto-YELLOW(スコープ外)。
**Governing law:** 日本法が標準。米国州法(NY/CA/DE)と英国法は受容可(YELLOW)。それ以外はRED。
**Backup/archival carveout:** バックアップ・アーカイブ用途の保持除外がない場合YELLOW。インストールから起動まで
Claude Codeへのインストール手順は3コマンドで完結します。GitHubから git clone してマーケットプレースとして登録し、/plugin install commercial-legal@claude-for-legal でプラグインを入れ、再起動後に /commercial-legal:cold-start-interview で playbook を作るだけです。

- git clone:
git clone https://github.com/anthropics/claude-for-legal.gitをマーケットプレース配下に展開。 - マーケットプレース登録:Claude Codeセッションで
/plugin marketplace add <パス>。Cowork側はデスクトップアプリのCustomizeタブからzipをアップロード。 - プラグイン導入:
/plugin install commercial-legal@claude-for-legalなどを必要分だけ。ユーザースコープでインストールするのが推奨(プロジェクト外のファイルも読ませるため)。 - playbook初期化:
/commercial-legal:cold-start-interview。クイックスタートで2分・フルで10〜15分。今回は事前作成した playbook をファイル配置で代用。
playbookを設定せずに使うと意味がない
公式README の IMPORTANT でも強調されているとおり、playbookが [PLACEHOLDER] のままでは各スキルは作業に入りません。NDA一本のレビューでも、自社のリスク許容度がplaybookに書かれていなければ「GREEN」を発行しないのが仕様で、これは「素人がデフォルト値で署名フローを通してしまう」事故を防ぐためのガードです。
実機検証:問題のあるNDAを読ませる
検証用に、典型的な「内製レビューで詰まるNDA」を1本作りました。Acme Industries(Delaware法人)との相互NDAという体で、契約期間10年+存続期間さらに10年(実質20年)・非勧誘条項を本文に混入・除外事由が5項目中3項目しかない・バックアップ保持除外なし・準拠法はDelaware州法 という、playbook観点で4〜5箇所引っかかるよう仕込んでいます。

このNDAを /commercial-legal:review /tmp/sample-nda.md で読ませると、内部的に文書タイトルから nda-review スキルにルーティングされます。skill側は (1) playbook 読込 → (2) 範囲チェック(NDA以外の条項が紛れていないか)→ (3) 各論点のGREEN/YELLOW/RED分類 → (4) 次アクション提示、という流れで triage を出力します。
出力:RED判定 + 5項目のflag + 次アクション
想定どおり、Section 4(実質20年存続)が RED を引き、それ以外の4項目が YELLOW として個別にflagされた triage が返ってきました。各flag には法務リスクとビジネスフリクションが2軸で評価され、推奨レスポンス(修正案 / 当社paperへの差し替え提案 / 顧問へのエスカレーション)まで提示されます。

| 論点 | 結果 | playbook根拠 | 推奨対応 |
|---|---|---|---|
| Section 4 — 存続期間 実質20年 | 🔴 RED | 5年超YELLOW・10年超RED | 当社paperへの差し替えを提案。期間3年・存続3年に短縮 |
| Section 6 — 非勧誘条項 | 🟡 YELLOW (auto) | restrictive covenantはNDA外 | Section 6 の削除を要求。残すなら別契約に切り出し |
| Section 2 — 除外事由不足 | 🟡 YELLOW | 5項目すべて必要 | independent development・法令命令の2項目を追加 |
| Section 5 — バックアップ保持除外 | 🟡 YELLOW | backup carveout必須 | 標準のbackup例外文言を追加 |
| Section 7 — Delaware州法 | 🟡 YELLOW | 米国州法は受容可 | 重要度に応じて判断。譲歩可 |
面白いのは、triage の末尾に 「next-steps decision tree」 がついてくる点です。今回のケースだと「当社paperに差し替えを提案する/顧問にエスカレーション/Acmeの規模を確認する/案件自体を見送る/その他」の5択が並び、ユーザー(非弁護士)はこの選択肢から動きを決められる構造になっています。AIが勝手に署名フローを進めない設計が随所に効いています。
触ってみてわかった設計思想
リポジトリのコードと、実際にスキルを動かしてみて気づいた特徴を整理します。
1. 「playbookがすべて」の構造
各スキルは「NDAのこの項目はYELLOWとする」といったルールを ハードコードしていません。判定ロジックは「playbookのこのセクションを読みなさい」とだけ書かれていて、実際の閾値(survival期間が何年からYELLOWなのか等)は社内法務がインタビューで答えた内容に依存します。法域・業界・リスク許容度が違う組織で同じスキルが汎用的に使える代わりに、playbookを埋める作業が事実上のセットアップコスト になります。
2. 「弁護士レビュー前提」の徹底
GREENの発行条件・出力の冒頭ヘッダー・末尾のdecision tree・引用元の必須化など、随所に「これは下書きであり弁護士が責任を取る最終判断ではない」というガードが入っています。Non-lawyer with attorney access 設定ではGREEN判定の前に必ず「弁護士に見せたか?」を尋ねるゲートが挟まり、デフォルト playbook のままGREENを出さない仕様も同じ思想です。
3. surgical redline の作法が組み込まれている
redlineを当てる粒度に関する指示が SKILL.md に書かれており、「twelve (12)」→「twenty-four (24)」 のように単語単位で修正し、節全体の置き換えは「surgical redlineより読みにくくなる場合に限る」とまで明記されています。AIが派手に書き直して相手の心象を悪くする失敗を避ける、現場の作法がそのままプロンプトに落ちている印象でした。
4. MCPコネクタで既存リーガルテックと共存
Ironclad / DocuSign / iManage / NetDocuments といったCLM・文書管理SaaS、Everlaw / Relativity といったeDiscovery、LexisNexis / Thomson Reuters CoCounsel / CourtListener / Trellis などのリサーチDBへMCPで横串が通っているため、ClaudeとCLMが排他的に競合するというより、ClaudeがCLMを呼び出して使う という関係になっています。特にCoCounselは「Claude側からツールとして呼べる」「逆にCoCounsel側からもClaudeを使える」双方向統合になっており、AI基盤ベンダーとSaaSベンダーの関係構造を象徴する作りです。
日本企業が使う場合の論点
プラグイン群は概念レベルでは日本法務にもそのまま転用できますが、運用に乗せる際に整理すべき論点が3つあります。
- 準拠法・判例の取り扱い:標準では米国法・英国法ベースの言い回しが多く、リサーチコネクタもLexisNexis / CourtListener等が中心。日本法務のNDAレビューに使う場合、playbookに「日本法・東京地裁ベース」と書くだけでも一定機能するが、判例リサーチは別経路(D1-LawやWestlaw Japan等)と組み合わせる必要がある。
- playbookを誰が書くか:「弁護士レビュー済みのplaybookでないとGREENを出さない」仕様のため、社内法務だけで playbook を埋めるとGREEN判定が永久に出ない。最初の cold-start interviewには顧問弁護士に同席してもらう という運用設計が現実的。
- 情報の出口管理:triage output に「Send to legal@yourcompany.com」のような closing_action を書ける反面、誤って公開チャネル(社外Slack共有・取引先送付)に流す事故も起こり得る。Destination Check という仕組みで権限境界を意識させる作りではあるが、社内のチャネル運用ルールと突合せて使うべき。
GitHub上で全プロンプトが読めるのも特徴
本記事で参照したnda-review SKILL.md は約310行のプロンプトです。Anthropicが「法務スキルをどう設計しているか」を全て公開しているため、自社が独自にAI法務エージェントを設計する際の参照実装としても価値があります。Apache 2.0 / MIT ライセンスでフォークも自由です。
結論:誰に向くか
Claude for Legal は「弁護士の代わり」ではなく「弁護士のレビュー対象を絞り込み、社内法務の手前にいるビジネス側の自己判断を支援する」ツールとして設計されています。現実的な導入価値が高いのは以下のような組織です。
- 月10〜30件の相手方NDAを受領するスタートアップ/中堅SaaS — 顧問への取次コストを下げたい
- M&Aデューデリ・社内調査・コンプラ規制の継続監視など、反復性は高いが個別の事情で揺れる業務 を抱える法務部門
- AIガバナンス・プライバシー領域で DPIA / AIA / DSAR応答 をスキャフォールド化したい大企業
- ロースクール・リーガルクリニックで学生のリサーチワークフローを標準化したい教育機関
逆に「playbookを書く時間がない・弁護士監修を入れる余裕がない」場合は、出力が空打ちになるか過剰にYELLOW判定になりやすく、効果が出ません。最初の数週間でplaybookを丁寧に書く という導入工程をどれだけ確保できるかが、効果を左右します。
AIエージェントを業務に組み込みたい企業さまへ
はてなベースでは、Claude / Claude Codeを活用した業務エージェントの設計・組み込み・playbook整備を支援しています。法務・経理・人事労務などの専門領域へAIを安全に組み込むためのアーキテクチャ設計と、現場での導入伴走をワンセットで提供します。